こんなにも一生懸命がんばっているのに、どうして私の人生はうまくいかないんだろう
って思い始めたことが、見えない世界への扉を開けたきっかけでした。

一番初めに、西洋レイキの伝授を受けたのを皮切りに、
私はどんどん見えない世界、スピリチュアルなことに興味を持っていきました。
チャネリングやオーラリーディング、エネルギーワークなどの個人セッションを受けていきました。
のちに自分もヒーラーになりたい、と講座を受けるのですが、
そのスピリチュアル系のセッションや講座には、何百万とお金をかけました。

講座やセッションは、聞こえないと敷居が高く、躊躇してしまうのですが、
どうしても受けたいものは、個人セッションなら書いてもらうことをお願いし、
講座では聞こえない人用のFM補聴器を使いました。
手話通訳の派遣をお願いしたこともあります。
それでも全部聞き取ったり、理解したりするのは、難しいのです。
はじめのうちは、そういう自分が損だと思いました。
聞こえないから、どうしても聞こえる人と同じように内容を理解することができなくて、
受け取ることができない、と思っていました。

でも今は、すべてエネルギーだから、言葉や文字としての情報や知識が
頭で理解できなくても、自分に必要なものは体ですべて受け取っている、
それが私の受け取り方なんだ、と思えます。

わからない、わからない、と思っていると、何も受け取れないけれど、
その場のエネルギーだけでもいいから受け取ろうと安心していると、
ちゃんと体で必要な分を受け取れるのですよね。

例えば、耳で言葉を聞いて、頭で「とてもいいことを聞いたから、これを実行しよう」と
思って変化していくのと、よくわからなかったけれど、知らないうちになんだか変化している、
というのとでは、その話を聞いた効果は同じじゃないかな、って思うんです。

聞こえる人たちは耳で聞いて、頭で理解して、行動に移すけれど、
聞こえない人たちは、体で感じて、知らない間に、行動に移してる、っていう感じ。

でも聞こえないから何も受け取れないんだ、と思っていると、体でも何も受け取れません。
受け取ることを拒否してる、ってことになってしまうから。

きっと、講演などは、その人の話の内容がどうのこうの、じゃなくて、
その人から発せられるエネルギーから多くのものを受け取るんじゃないかなって
思います。

これは比較的最近のことなだけれど、瞑想の伝授を受けたときの話です。
瞑想の伝授なので、ほとんどが文字通りエネルギーを受け取ることなんだけれど、
説明も少しありました。
そのときはFM補聴器を持って行ったのですが、主催の方が使いたくないようでした。
近くにいれば割とその方の声が聞き取りやすかったので、
使わなくてもまぁいいか、と思えたので、使わずに聞いていたのですが、
なぜか聞こえなくても話していることがわかったんですよね。
もちろん一字一句わかるという感じじゃなくて、ああ、今こういうことを言っているんだな、
っていうのが感じられたんです。
テレパシーだったのかな。

FM補聴器を使っていても、聞き取りにくいことはよくあって、
そういうとき「聞こえない」ってことに、フォーカスしてしまうので、
そうすると、ますます聞こえなくなってしまいます。

でもFM補聴器を使わなかったから、(音で)聞こえなくてもいいや、
受け取りたいのは、瞑想の伝授だし、って、
そうやってリラックスしていたから、言われていることがわかったんじゃないかな、って
思います。

だから私たちは、話の内容(話される言葉)を聞いているようで、
受け取っているのは、エネルギーなんですよね。

そしてFM補聴器を使っても、どうしても聞き取れない、理解できないときっていうのは、
それを受け取る必要はないってことなのかな、って思います。

本を読んでいるときに、それがよくわかります。
講座や講演に気軽に行けないから、私は本をたくさん読みます。
本だけは、衝動買いもしてしまって、一気に10冊ほど買ってしまったこともあるほどです。
目に見えない、様々なことを知りたいと思い、スピリチュアル系の本を
むさぼるように読むのですが、全く頭に入っていかなくて、最後まで読み切れない本と、
内容が染み入るように入っていくし、どこに感動しているのかわからないけれど、
泣けて仕方がない本とあって、本も文字ではなくて、行間を読んでいる、
行間から伝わってくるエネルギーを受け取って、それに感動しているんだな、
って思います。

聞こえていた時があると、どうしてもその時のように、聞きたい、と思ってしまうのですが、
それはもう執着で、それを手放せたとき、聞こえない人には聞こえない人なりの
聞き方(受け取り方)がある、ってわかり、そうなると、どこにいても、
リラックスしていられるようになりますよね。
そうなると、たくさんのものを受け取れるようになります。

でもそうなるためには、私のように、いっぱいいっぱいいろんな経験をして、
わかることだから、いろんな経験はやっぱり必要なんですよね。

そうやって今はわかることも、講座に行き始めたころは、受け取れない、って
いうことにフォーカスしてしまっていたし、また講座を一緒に学ぶ人たちは
いっぱいいたけれど、みんなと交流するまでの余裕もありませんでした。

講座では、FM補聴器を使ったりして、なんとか受けることができるけれど、
その間やそのあと、普通の会話でFM補聴器を使うことがなかなかできない場面では、
みんなの言っていることがわからないし、声だけの会話は疲れてしまうのもあって、
講座後にみんながご飯を食べて帰ろう、ということになっても、
私は一人帰ってきていました。
疲れちゃったし、いても話がわからないし、聞こえないからしょうがないよね、
って思って自分を納得させていました。

本当はさみしいのに、そう思わないよう、我慢していたんですよね。
だからみんなの中では、あまり話をしないので、おとなしい人、と思われていたと思います。
本当は話すことが大好きで、積極的なのに、それを出せないでいました。
自分らしくいられなかったんです。


スピリチュアルなセッションや講座を受けるにつれて、
私はたくさんの苦しみ、悲しみ、怒り、憎しみ、などたくさんのネガティブな感情を
抱えていて、自分を認められていなくて、大切にしていなくて、
ああしてはいけない、こうしてはいけない、とたくさんの必要のない信念に
しばられていることに気付きました。
だんだん、だんだんと、自分の人生がうまくいかない理由がわかり始めてきていました。

それと同時に、今まで「聞こえない人にはあれもこれもできない」って
周りの人から言われていて、自分でも自分のやりたいこと、好きなことは
何もできないんだ、と思っていたことが、自分がやりたいと思ったことは
なんでもできるんだよ、って教えてもらって、希望を持ち始めていました。


~続きます~



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