匝瑳に移住して5年目で、この古民家に住み始めて4年目。

家がぽつんと離れていることもあり、あんまり近所付き合いはなくて、
ちょっと怪しまれているっぽい。

「あの人、何やってんだか」みたいな感じで、
近所の人からはあんまりよく思われていないみたい。

田舎ではよくあることなのかもしれない。
よそ者を煙たがるってこと。

でももうここに住んで4年目だし、陰ではいろいろ言われてるっぽいっけど
あんまりそういうの、気にしないし、理解してくれる人、
中立でいてくれる人もいるから、それでいいなあって思ってる。

周りの人がみんな受け入れてくれて、やさしくて、ありがたいです!

な~んて、絵にかいたような移住生活、みたいなことが書けなくて残念ですが、
まあ、それでもよし!それなりに楽しく暮らしていますよ。


隣の畑のおばちゃんは、少し離れた近所の方で、毎日のように一輪車を引いて
畑にやってくる。
顔を見ると、必ずあいさつをしてくれるし、おばちゃんの家の前を通りかかると、
手を振ってくれたりする。

煙たがられてるご近所の中では、中立にいてくれるのかもしれない。

今日は、おばちゃんに、
「ここまで草を刈って」と頼まれた。

うちの敷地の範囲内と言えばそうだし、そうじゃないと言えばそうじゃない、
という微妙な場所。

以前だったら、面倒くさいなぁ、って思うかもしれない、
なかなか取り掛かれないかもしれない、
または、言われたからやらなきゃ、と思って、
疲れちゃうかもしれない。

でも今日、特になんとも思わず、「わかりました」と返事をして、
あんまり疲れていなかったし、曇りで作業しやすかったから、
すぐに草刈機で刈った。

畑を終わったおばちゃん、
「ありがとう」って言ってくれた。

私は「いえいえ、どうしたしまして」って答えた。

うちの敷地内と言えばそうだし、っていう場所だったから、
「ありがとう」って言ってもらえるとは思わなくて、
そんなふうに言ってもらえてうれしかった。

私は、「私は私!」って言うところがあって、あまり人に合わせられなくて、
それはどこでも誰にでも同じ。
だから特に、地元の人たちには受けはよくないんだな、って思うんだけれど、
それでも普通に、中立に接してもらえるとうれしいな、って思う。
飾ることなく、いい顔することなく、ありのままの私でいて、
普通に接してもらえることがとてもうれしいんだな、と思う。

作業を終えた夕方、とても気持ちの良い風が吹いていて、
それだけで心があたたかくなった。

android-20160531183141_20160531183439

うちの西側は、大きな木があるから、それに隠れて残念ながら夕陽は見えない。
それでもきれいな景色だなぁって思う。

心があったかくなっている日は、特にそう思える。


これを書いていて、涙が出てきた。
私は飾ることなく、ありのままでいたいんだ、
いいところもそうでないところも、そのまんまの私を見せて、
生きていきたいなって思う。

ブログもそうやって書いていきたいな。