東京から、匝瑳に移住してきて、まるっと5年がたち、
この古民家で暮らすようになってからも、4年が経ちました。

移住してくる時、ただ

自然の中で暮らしたい

ってそれだけ思って、そのほかのことは何にも考えていませんでした。

移住するときって、地元の人とか、先に移住している人とかと
仲良くなってから行ったほうがいい、って言われたりするけれど、
そういうこともあんまり気になりませんでした。

今は匝瑳市には新しい移住者が年々増えているけれど、
私が移住してきたころは、ほとんど移住してきた人がいないときでした。
それでも大丈夫、って思いました。

私っていつもちょっと大きな行動を起こす時、

直感、とか、情熱、とか、

そっちのほうに従っていくことが多くて、
こうしたい!っていう思いが強くなると、頭で何も考えられなくなるんだよね、
それでいつも必要な流れになっていくことを感じています。


ここはそんなに、近所の方との付き合いが密なわけでもないから、
大変、とか、面倒、とかそんなに感じたことはないのですが、
でも近所の方とかは、やっぱり新しく移住してきた人の対しては、
いろんな思いがあるみたいで、陰でいろいろ言われているのも知っています。
まあ、いろんな人がいるし、わかってくれる人もいれば、そうでない人もいて、
それは仕方がないことだよねぇ、という感じで受け止めています。

陰でいろんなことを言う人がいるのとは逆に、
助けてくれる人もたくさんいます。

うちの前の道路はそんなに大きな道路じゃないけれど、
車の通りは多くて、そういう通りすがりの人が、たまに突然訪ねてきたりします。

しばらく空き家になっていた家に新しい人が住み始めたので、
珍しいのでしょうね。

煙突があるのを見て、薪を使うのだろうと、薪になる木を持ってきてくれたり、
家の前、駐車場にしているところの土地が低いからと、土を持ってきてくれたり、
大きな木をもらってももてあましていると、薪割りをしてくれる人を紹介してくれたり、
仕事を紹介してくれたり(実際移住仲間がそこでお世話になっている)
大工さんで木っ端ができると、置いて行ってくれたり、

そんな通りすがりの人たちが親切にしてくれます。

変な噂をしている人たちを気にするんじゃなくて、
親切にしてくれる人とのかかわりを大切にしていきたいなと思います。


近所以外で、地元の方たちとのかかわりと言えば、
月に一度、田んぼを借りている拠点で、
地元の方たちと田んぼを借りている人たちが一緒に、里山保全活動をしています。

草刈、木を伐採することなどが主な活動で、
お昼ごはんは地元のお母さんたちと一緒に、薪で炊いたご飯でおむすび、
トン汁を作って、みんなで一緒に食べます。

ここに参加される地元の方々はお年寄りが多いのですが、
個性の強い方が多くて、実はちょっと、言い合いしちゃったこともあります。

私、こんな性格なので、それがお世話になっている方、目上の方とはいえ、
「何言ってるの?」「なんでそんな意地の悪いこと言ったりするわけ!?」って思うと、
反発したくなっちゃうんです。

たぶん、ほかの誰もそんなことしないと思うけれど( ;∀;)

理不尽なこと言われて、「はい、そうですか」とか言えないんです。
おかしいことは、おかしいよね、って伝えたくなっちゃう。

そんなことがあってから、その方(Aさんとします)には、
とげとげしい態度をとられていました。

私もAさんに嫌われちゃったかな、でもしょうがないね、と思いながら、
私のほうからは、Aさんに対しては、ほかの人と同じように接していました。

Aさん以外は、そんなに理不尽なことを言ってくる人はいないけれど、
でもごくたまに、面倒くさいな、ってことを言ってきたり、してくる人もいて、
やっぱり地元の方々とのお付き合いって、移住者とか、田んぼに来る人と
付き合うのとはまた違って、大変なこともあるなぁ・・・って思って、
里山活動も面倒に思っていました。


でも今年から、里山活動の運営を、SOSA PROJECTに任せると言われて、
主にお昼ご飯に使う材料を買うことや、お部屋の掃除を主体的にやるようになったら、
今までお世話になっていた、っていう立場から、一緒に運営していくことに変わり、
一方的に言われたことをやるんじゃなくて、こちらからも、
「これはこうしたいいんじゃないか」とか提案ができるようになり、
地元の方々もそれを受け入れてくれたりするようになりました。

私、里山活動が面倒だなって思うことの原因の一つが、
みんなが話していることがほとんどわからない、ってこともあって、
そういう場に長時間いることが苦痛だったのですが、
時間をかけて、私自身がそういうことを受け入れつつあり、
そんなときに、収穫祭のことで地元の方と田んぼのメンバーが話し合いがあり、
私には内容がわからないから、みんなのことを観察していました。

そうしたらその場の雰囲気がとてもよかったんです。
地元の方たちの暖かいエネルギーを感じて、
話の内容はわからないけれど、みんなとてもいい感じだなって思いました。

その後の里山活動も、地元の方と田んぼメンバーが一緒になって作業しているとき、
やっぱりなんだかいい感じ。
地元の方たちも、私たちを受け入れてくれるようになってきているのかなぁと感じます。

もちろん前から受け入れてはくれていたけれど、
今は信頼関係ができつつあるように思います。

それは今年からSOSA PROJECTが買い物を引き受けたり、
いろんなことを主体的に行うようになったこともあるけれど、
毎月遠くから来てくれる田んぼメンバーのおかげもあります。

そして、あのAさんも、いつの間にか私へのとげとげしさがなくなっていました。

私もいつしか、面倒だと思っていた里山活動が楽しくなっていました。

いろんな面倒なことを言ってくる人はいるけれど、
前ほど気にならなくなりました。


きっと信頼関係って、こうやって少しずつ重ねていくもの。
最初うまくいかないから、と言ってすぐにあきらめなくても、大丈夫なんだって
思えてきました。

うちに田舎体験で遊びに来たり、泊りに来たりする人たちの中で、
よく聞かれるのが、地元の方とのお付き合い。

「何か嫌なこと言われたりしませんか?」って
最初から大変なことありき、で考えているけれど、
そういう先入観は必要ないもの。

田舎でなくても、人との関係性で難しくなることはあるんだし、
田舎だから・・・と考えないほうがいいと思います。

よく田舎に移住するなら、コミュニティで暮らすなら、協調性がないとよくない、
とか考えがちだけれど、私は協調性よりも、自分らしくある、っていうことが
とても大切だと思います。

自分らしくある、っていうのは、
自分の思っていること、言いたいことをそのまま言い、
自分のやりたいことをすること。
人に合わせて無理しない、ってことでもあるかな。



例えば、私だと、先述のAさんに対して、
「言われていることがちょっと納得いかない」、と思ったから、それをそのまま伝えた。
ちょっと関係性がギスギスしてしまったけれど、
時間がたち自然とAさんの態度がいいほうに変化した。
もしそれが自分の思いを抑えていたら、きっと私のほうがいつまでもAさんに対して
不満を持っていたと思う。
きっと里山活動が今でも楽しいとは思えず、地元の方との信頼関係も築けなかったと思う。

私が私のありのまま、自分のやりたいようにしたから、
「自分の気持ちにいつでも、だれに対しても、正直でいたい」
っていう気持ちをそのまま表現できたから、
今、とてもいい関係性になってきたんだと思う。

無理して人に合わせることは、一時はいい人に見えるし、
場も丸く収まるかもしれないんだけれど、
無理が重なるといつかひずみが出るもの。

人に合わせることを優先して、協調性が大事だから!と無理やり、
協調性をひねくりだし、そういう自分を演出するよりも、
自分らしくいて、言いたいことを言い、やりたいことをやって、満足して、
自然と協調性が身に着いた!ってほうが自然で、きっと信頼関係が築けるはず。

自分の言いたいことを言って、やりたいことをやって満足していると、
自然と人との和を大切にしたくなるもの。
それはひねくりだすのではなくて、自然とわいてくるもの。
そっちのほうが断然、人との関係性はよくなるよね~♡


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