これは最近実際に体験して、感じたことです。

来月ちょっとまとまったお金が必要になって、
農閑期だし、1~2か月、週3日くらいでアルバイトをしようかなと思ったんです。

ここに移住してから、勤めに行くことはなかったので、(一度だけ託児所で働きましたけど)
えいっとちょっとだけ勇気を振り絞るような気持ち。

最初はハローワークに行きました。
私は聞こえない障害があるので、働くときに「障害者枠」っていうので働くと、
最初から理解があって楽かなと思ったからです。
ハローワークはそういうのを紹介してもらえるだろうなと思いました。

「障害者枠」って何?っていう人も多いと思うので、
簡単に説明すると、

会社は従業員何人以上は、障害者を何人雇わないといけない、って法律があって、
それに違反すると、罰せられるんですよね。

だから従業員数の多い会社には、たいてい「障害者枠」っていうのがあって、
障がいを持っている人でも、働き口が見つかります。
その障害に配慮してもらえることもあります。

私も実際に、保育士を辞めて、企業に勤めたとき、その「障害者枠」で入りました。

保育士の時は障害に配慮してもらえるなんて全くなく、
逆に厄介者扱いされていたから、その企業では障害に配慮もしてもらえ、
上司も同僚もみんな親切で、人間関係ではとても恵まれて、
楽しく会社生活を送っていました。

そのときは人間関係はよくても、事務という仕事は私には合わない、と思って
辞めたのですが、でも簡単な事務作業は一通りできるようになりました。

だから、今回も、「障害者枠」で簡単な事務ができたらいいな、って最初は思っていました。

そうしたら、ハローワークの人は、

「そんな短期間で、週3日なんて、どこも雇ってくれないよ」
「無理」
「だめだ」
「週に5日は働かないと」

って言うんです。

なんかそれを聞いていたら、違和感を感じました。

あれ?
なんでだめとか無理とか言われる?
私、他人に、だめ、無理、って否定されたり、もっと働きなさい、とか、
そんな指示されるようなこと、なんで言われるところに来ちゃった?

って。

もしかすると、「障害者枠」では、短期で週3日だと、カウント(障害者を雇ったと認定)
されないからかもしれないけれど、でも普通は、私の希望でも働けるところあるよね~?と
思って、今度は「障害者枠」ではないところをネットで探し始めました。

やっぱり1か月から、週1でもOKっていうところがあったから、
応募してみました。
接客とか不特定多数の人と関わること、コミュニケーションは難しいけれど、
少人数ならコミュニケーションもとれるからそういう職種の仕事を紹介してください、って。

そうしたらそこは人材派遣会社だと思うんだけれど、
「どんな仕事も口頭で指示があるから無理、
障害者の働ける環境ができていないから無理」って返事がきました。

その返事を読んだとき、ショック、というよりは、びっくりしたんだよね。

その前のハローワークの時もそうだったけれど、
あれ?まだこんなふうに障害があるというだけで、
他人から否定される世界があったんだ、って。
ああ、そうか、まだ古い世界はそのまま残っていたんだ、って。

今までだったらきっとこんな返事もらったら、しばらくショックで立ち直れなかったと
思います。
相手を恨んだよね~(T_T)

それでもなんとかその世界で生きていくために、すがったと思います。

それって本当に悪循環!

自分が自分で居心地の悪い環境から抜け出せないだけなのに、
その環境に不満がいっぱい!
だからいいことなんて起こらない。
それをおかしいとさえ思わなくて・・・
今でもそういう人はいっぱいいるんじゃないかと思います。


私は長い間、自分を否定して、卑下して生きてきて、
それが嫌で、もうたくさん!って思ってそこから逃げ出してきたのに、
また戻るようなことをしちゃったんだ・・・って思いました。

今私がいる世界は、ほかの人から、
(聞こえないから)あなたにはできない、あなたには無理、って言われることがなく、
できないところはもちろんあるから、そこを補助してもらいながら生きられる、
それが当たり前のことであるように・・・
聞こえるとか聞こえないとか、そういう障害や外側のことに関係なく、
人と人として付き合える・・・
心からリラックスして、私が私のままを、自分も、周りの人も受け入れてくれる世界。

この世界にいると、とても楽しく幸せな気持ちでいられます。

でも、そうじゃない世界も、まだ、あった・・・

本当に、よく言われるように、この宇宙にはたくさんのパラレルワールドが
存在しているんだ、って改めて思って、自分がどこにいたいかを、
選ぶだけなんだなと思いました。

私はやっぱり自分が居心地がいいな、って思う世界にいたい。

この記事のハローワークや人材派遣会社のことを書いているときは、
思い出して書いているだけなのに、すごく苦しく、嫌な気持ちになっていました。

そういう世界にはもういたくない。

そして、そういう場所には私の居場所はないんだ、って思いました。

いたくない場所、古い既存の世界、そういう場所にいたくないんだったら、
自分で自分の居心地のいい場所を作り上げていかなければいけないんです。

ちょっとしたことで古い世界に戻っちゃうような、もろくて、未熟なことじゃだめ。

私のエネルギーはまだまだ小さくて、油断するとすぐにもとの世界に戻ったり、
足元がぐらついて、弱気になってしまう。

そういう自分を認めて愛しながら、ふとやりたいなと思ったこと、好きだなと思うこと、
それをどんどんやっていくことが大事なんだなって思います。


私は折に触れて、自分の障害について考えさせられることが起こります。

聞こえなくなってから15年はたっているのに、受け入れた、って思っても、
まだまだだなぁって、いろんな出来事が起こるたびに思うんです。

どうしても障害のこと、重く考えちゃう私がいて、
他の障害を持っている人はもっと軽く考えられる人もいるだろうに、と、
私ももっとどうってことないよ!って言いたいのに、って。

ただもう、自分の障害を嘆いたり、悔んだり、ほかの人をうらやましがったり、恨んだり、
そういうことはなくなってきているんですよね。

どうってことないよ!って思えなくて、言えなくて、ふかーいところまで
考え込んじゃうことがあって、自分でも面倒だなって思うことがあるけれど、
でもそれが、私の感性を育んでいるんだろうなって思います。

誰とも違う私の感性。

それは聞こえないから培われてきたものも大きいと思います。

今回のことも、なんかおかしい、ここに私はいたくない、って思えたことも、
本当の私ではない、違和感を感じ取った、感性です。

昔は、聞こえなくなった当時は、聞こえない障害=不幸

と思っていたから、絶望し、死ぬことばっかり考えていて、
人とは違う、人より劣っている自分が嫌いで、だめだと思っていました。

それから15年がたち、様々な経験をして、今、自分だけの感性を素晴らしいと思えます。

人と違うこと、人と同じようにできないことがあったら、自分だけの感性を
どんどん高めて生きていけばいい。

既存の社会が合わないんだったら、いやだったら、自分が好きな、居心地がいい世界を
作ればいい。

障害がある、人と違う、ってことは、そういう自分だけの世界を創るために
生まれてきたっていうことでもあるんだと思います。

人と合わせるために、比べるために生まれてきたんじゃなくて。

できないところを必死になって補うことが大切じゃなくて、
できるところ、得意なところをどんどん伸ばしていくことが大切なんだと思います。

今、こんなふうに思えたことを、あの絶望していた私に伝えたいって、
思ったんだけれど、もうわかっていて、癒されているような気がします。

あのときの何にもわかっていなかった私は、
今このことを理解するために存在してくれてたんじゃないかって思えます。

やっぱり過去、現在、未来、っていうのは、直線状に過去から未来へと
流れているのではなくて、今の中にすべてあって、すべてはつながっているんだなぁって
実感するのです。

過去の私が癒されて、今の私が、ほっとして泣いています。