ちょっと長い間、あることに対しての怒りがあって、、モヤモヤして、苦しくなってしまったり、
思い出しては、(自分の中で)怒っている、怒りを感じている、
そんなことが続いていました。
 
そんなある日の朝、目覚めたそのときにも、怒りの感情があって、
時々、目覚めのときに、ハートが広がるような、愛でいっぱいになったような
感覚になるときもあって、それはそれは、気持ちがいいものだけれど、
それとは違って、目覚めたときに、怒りの感情があるって、
あんまりうれしくないもの。
 
でもよく自分の内側を観察してみると、その怒りは、確かにあるのに、
私のものではない感じがする。
 
怒りがあるときって、苦しくなったり、悲しくなったり、つらいものだけれど、
そういうことがなく、ただそこに怒りがある、っていう感じだった。
 
まるで、私という存在と、怒りの感情が、別々のもののようだった。
 
怒りはめらめらとそこで燃えているのに、私の内面はすごく穏やかだった。
 
いつも感情を感じるときは、
 
私が怒っている
 
私が悲しい
 
私がうれしい
 
と「私」と「感情」が同化しているけれど、そのときはそうではなく、
ただ、怒りがそこにある、というだけだった。
 
怒りがあるというのに、とても穏やかな感覚で、
なぜだか、大泣きしてしまった。
 
もしかすると、「私」という存在そのものと、感情は別々のものなんじゃないか、
私が感じている、といつもは思っているけれど、
実は感情というのものは、そこにあるだけなんじゃないか、
ただ起こるものなんじゃないか、と思った。
 
だから、よくいう、どんな感情にも良い悪いはない、っていうのは、
ただ起こっているだけだから、それに善悪を付ける必要はない、ということなのかもしれない。
 
ネガティブと言われる感情、怒り、悲しみ、苦しみ、妬み、憎しみ、などなど、
一般的に、そういう感情を持ってはいけない、とか、抑えることがいいことのように
思われているけれど、本当はどんな感情を持ってもいいし、
それが起こるのは、当たり前のことなのだと思う。
 
 
 
怒りがそこにあるのに、すごく穏やかだと感じたとき、
大泣きしたんだけれど、そのとき、
 
自分で自分に、「怒りがあってもいい」って許したのかもしれない。
 
だから、なぜだかわからないけれど、涙が出てきたんじゃないかな。
 
今まではどんな感情を持ってもいい、って頭ではわかっていたけれど、
でも実際、怒りがあると、苦しくなったり、悲しくなったり、人を憎む気持ちにもなって、
その感情を持つことに、罪悪感や嫌悪感を感じていたから、余計つらかった。
 
感情は、自然と起こるもので、それに良い悪いはない、
って心底わかったら、それが怒りだろうと、憎しみだろうと、悲しみだろうと、
それがあるって見て終わり、それ以上、複雑にはなっていかないんだろうなって思う。