少し前のことになりますが、帰省中のこと。

私の実家は愛知県、名古屋へは電車で30分くらい、
岐阜まではもう少し近いところにあります。

子どものころは、田んぼや畑もあって、ガッシャンガッシャンと
機織り機械の音が聞こえる、のんびりとした田舎だったんですが、
今は帰省するたびに、農地や空き地がなくなって
家がどんどん建てられています。
飲食店もいっぱいできていました。

東京でマンションに住んでいた時、実家に帰ると、
寒くて寒くて仕方がなかったんですが、
今は暖かく感じます(*^-^*)

両親も高齢ですが、二人とも元気そうでよかったです。

ちょうど母親の誕生日だったので、ご飯をごちそうしようかというと、
「肉が食べたい」と。

「2人とも老人なのに、肉が食べたいなんてすごいね」、って言うと、
「老人は肉を食べなきゃいかん」って言うんだから、驚きます。

そんなことはないと思うんだけれど、何を食べていても、元気なんだから、
いいでしょう。

で、私も普段はめったに食べない、ステーキを食べに行きました。

めったに食べないので、写真を撮ったりして。

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このほかにも、普段はめったに食べない、お寿司を食べに行ったり、
学生時代の友達に、名古屋の自然食のお店に連れて行ってもらったり、
外食ばっかりしていました。

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最後は、妹や姪、甥にも会って、(そこでも外食して)
今回の帰省は今までになく楽しいなぁと思えました。

実家にいる間は、本当にリラックスして、途中ある原稿の確認メールが
来てたんだけれど、それができないほど、頭が働かないほど、
脱力していたみたいです。

両親とも、友だちとも、妹たちとも、いい関係性でいられることに、
ありがたい気持ちでいっぱいでした。

私は地元で保育士をしていたけれど、聞こえなくなって、
辞めざるを得なくなり地元を離れ、東京で事務職をしたり、
そして田舎に移住したりしたんですが、
地元にあまり帰らないのは、保育士を辞めざるを得なかったことが
まだまだ私の中にしこりとして残っているからなのかも、って思ったんです。

自分では今の暮らしがとても楽しいし、もう昔のことは忘れたつもりだけれど、
無意識の中では、まだ残っていたのかも、って。

でも、去年自分の中でいろんな変化があって、
そういう傷が癒されてきたのかも、って思いました。

で、結構地元が居心地がいいものだと感じて、
ちょっとだけ戻りたくなったんですが、
でも実際匝瑳に帰ってきて、帰ってくるなり、小屋作りWSの
お昼ご飯を作ったり、味噌作りWSのために、大豆の脱穀などをしていると、
ふつふつと楽しいっていう気持ちが湧き上がってきて、
それは、地元にいたときのリラックス感とは違う、
深いところからの喜びでした。

これって、どんな違いがあるんだろう?どんな意味があるんだろう?
って思っていたんですが、わかりました!

私は、挑戦したいんだ!

って。

いつもいつもリラックスして、安心できる場所にいたいんじゃなくて、

ちょっと大変でも、自分の好きなことを思いっきりやりたい!
未知のことをやってみたい!っていう気持ちが大きいんだ、と思いました。

私の人生はきっと、

挑戦する人生

なんです。

そう思うと、田舎暮らしを楽しむ暮らしをする、って思うよりも、
モチベーションが上がって、楽しめる♪

そしてほっとできる場所がある、って思うと、
挑戦していくことも、怖くなくなります。


今、やりたいことがどんどん出てきていて、思いが行動に追いつかないほどだけれど、
できるところから、やっていきたいなぁって思っています。