7月8月と、イベントやWSをやったりして、それ以外もお客さんがたくさん来てくれて、
とても忙しく過ごしていたので、9月は稲刈りや脱穀もあるし、
あまり予定を入れないでおこうと思っていました。

それがとてもよかったようです。
なぜよかったのかは、下のほうに♪

稲刈は、日に2時間くらい、4~5日かけて終わりました。
そのペースが私に合っていたようで、慣れてきたのもあるけれど、
今年は全然大変だと思わなかったです。
約2.5畝を、時々手伝ってはもらうけれど、基本的には一人でやります。
そのペースも私にとってとても心地よく、
自分でやりたい気持ちと、大変なところは手伝ってもらえてほっとする気持ち、
それがバランスよくて。

今年初めて場所を変わって、最初は水が溜まらなくて苦労した田んぼなので、
量的には少ないかもしれない。
でももう量はあんまり関係ないなぁ、と思います。
自分でやりたい、と思う広さを、今年もやれた!って思う気持ちのほうが大きくて、
それが誇らしいです💕


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やっと、1/3ほど刈れたときの写真。
もう夕方6時近くなっていたと思うけれど、
そんな夕暮れの稲刈りも楽しい時間でした(*^-^*)

まだまだ、脱穀や籾摺りが残っていて、終わりじゃないけれど、
稲刈り終わると、なんだか終わった気分になるなぁ♪



稲刈と同時進行で、畑もやっていました。

暑い8月までは、ほぼ何もできなくて、草ぼーぼー!
9月に入ってやっと、草刈したり、夏野菜を片付けたりし始めました。

夏野菜も、8月は暑かったからか、あんまり収穫ができなくて、
今になって、なす、オクラ、ゴーヤがなっていて、
夏はほとんど採れなかったきゅうりが一つなっています。

今は豆類(大豆、小豆、黒豆)が一番元気です♪

ちょっと前に、ブロッコリーやキャベツの苗をもらったので、
大急ぎで植えて、その後、大根、かぶ、ほうれん草、春菊などの
種を蒔いてみました。

畑は全然へたくそで、いつも失敗ばかりなのに、全然改良とか研究もしなくて、
ただ種を蒔いたり、苗を植えるだけ。
でも楽しいんだよね~♪、あんまり野菜ができないのに楽しいのってどうしてかな?
って思ったら、ただ土に触れているのが楽しいのかもしれないなぁ💕20180918_114559

手前は、小豆で黄色いお花が咲いています♪



で、以上は、前置きで、今回書きたかったのは、心のこと。

9月に入ってすぐぐらいに、あることで、無性に腹が立って。
私自身に何かをされたわけではないのに、
第3者的な立場で見ていて、

「あの人ってひどい!」
「本当は心が狭いんだ!」

と、腹が立って仕方がなく、それがずっと続くので、
自分に何かされたのならわかるけれど、
そうじゃないのに、なんでそんなに腹が立つんだろう?って
ゆっくりと自分の心を見てみた。

そうしたら、「寂しい」っていう気持ちがあるのがわかって、
それを自覚したら、私の中の小さい女の子が

「私のことなんて、誰も見てくれない!」

って言って、ポンッと急に出てきた。

急に出てきたからびっくりして、そのとき思ったのは、

「まだいたんだ~!」ってこと。

以前、インナーチャイルドの癒し、というものをたくさんやって、
そのときに、私の中のそういう子にたくさん出会った。

「私のこと、誰も見てくれない」
「私のことを誰もわかってくれない」
(他にもたくさんいたと思うけれど、もう忘れてしまった)

その子がまだいたんだ~!と思って、びっくりしたんだけれど、
その子がいること自体は悪いことじゃないって思っているから、

そっかそっか~、寂しかったんだね、誰も私のことを見てくれないって
思っているんだね、

ってその子の存在を認めてあげたら、

とても暖かいもので包み込まれたようになって、
それは”統合”なのかな、愛に包まれているような感じだった。

私の中の「怒り」のそのもとは、「さみしさ」だった。

私の中に、「誰も私のことを見てくれない」っていうさみしい思いがあることを、
そのあと、時間をかけて、感じていくようにした。

ちょっとさみしさに飲まれそうになるときもあったけれど、
それでもいい、って思いながら、さみしいって思っているんだ、って思いながら。

そうしたら、その怒りはいつの間にか消えていた。

そして、あるとき、その「私のことななんて、誰も見てくれない」って
いう女の子がまたひょっこり現れたんだけれど、
そのときは悲しそうではなくて、私のそばに寄り添ってくれているような感じがした。

だからきっと、その女の子は、私の分身みたいなもので、
ずっと忘れていたから、悲しんでいた(現実的には怒りが出てくる)
でも「いたんだ~!」って認めてあげたら、うれしくなって、喜んでるんだ。
(あっても怒りとしては出てこない)

「誰も私のことを見てくれない」っていう思いは、私の中にあっていいんだ、
それは私の大事な一部分なんだ、と思った。

きっと私は、今までこの「誰も私のことを見てくれない」っていう思いを、
ちゃんと認めてあげていなかったから、人との関係性で、怒りが出やすかったのかも
しれない。

「どうぜどうせ、私のことなんて、見てくれないんでしょ、わかってくれないんでしょ」
っていう思いの上に(それをちゃんと自覚していない)
人間関係を築こうとしているから、
ちょっとしたことで、人に対して不信感が出てきてしまっていて、
「やっぱりこの人とはうまくやっていけない」って
すぐにあきらめてしまっていたんだと思う。

私の中にある、「どうせどうせ」とか人への不信感って、
聞こえなくなったことが大きいと思って、
またいろいろ思いを巡らせていたら、
私はもしかしたら、聞こえなくなったことを自分への罰だと思っていたかもしれない、
「私は悪い子だから、耳が聞こえなくなった」というように。
そしてそういう悪い子の私は、耳が聞こえなくなるような私は、
許される存在じゃない、って思ってしまったんじゃないか。
私は許される存在じゃない、その私が幸せにはなってはいけない、
と、自分に幸せになることを許していなかったんじゃないかって。

だから私、人も許せなかったんだ…

自分を許せないのに、人を許せるわけがない。

そういうようなことを思っていたら、顔がくしゃくしゃになるくらいに、
子どもみたいに、わーん(T_T)と泣けてきて、しばらく泣いたんだけれど、
そうしたら、深いところから癒されたような気がした。

その夜は、布団に入って、リラックスしていたら、
胃のあたりかな、細かく振動していて、チャクラも活性化したのかもしれない。

起きたら、すごく心が落ち着いていて、呼吸が深いのを感じたから、
そのまま瞑想していたら、幸せな気持ちになるし、何に対してかわからないけれど、
「ありがとう」の気持ちが湧き上がってくる。

9月に入ってからのこの一連のできごとは、そのずっとずっと前からつながっていて、
私は以前は今ほど、自分の思いをストレートに伝えるほうじゃなかったんだけれど、
数年前からは、「自分の気持ちに素直に」を大切にしたくて、
結構思ったことを相手にストレートに伝えるようになっていた。
時に毒舌で、「そんなことを言うもんじゃない」って周りの人から
非難の声も上がるほど。
それでもそれを通し続けて、それは「正しいか間違っているか」じゃなくて、
私がそうしたかったから。
でもそうすると、人との関係性は壊れることもある、
去って行った人もいる。
言わなきゃよかったかな、って思う、でも言いたい気持ちが上回ってしまう。

っていうことを繰り返していた近年だったんだけれど、
深いところにあった、「誰も見てくれない」っていう気持ちから派生する、
人への不信感が少しは払しょくされたと思うので、
人との関係性も変わっていくんじゃないかな。

でも「自分の気持ちに素直でいたい」というのは、私のもともとの性質だから、
ストレートに言うことは変わらないかも。

それでね、自分が苦手だと思っていること、
私で言えば、人との関係性だったり、そういう苦手なことって
裏を返せば、本当は得意なことでもある。

得意だったってことを思い出すために、失敗する経験をたくさん
するようになっているんだと思う。
そのときに怖がって、ちゃんと失敗しないで適当にごまかしていると、
得意な面は出てきづらいんじゃないかな。

だから自分が苦手だと思っているところを、どんどんどんどんさらけ出していくと、
失敗するから、そこからなぜ苦手だったんだろう、
っていう根っこのところがわかってきて、
それがわかると、自然と得意になっていく。
そういうことじゃないかな。

苦手だと思っているところを、さらけ出すことが怖い人は
意外に多いんじゃないかと思うけれど、そういうときは、
「何があっても、私だけは私の味方だよ」って自分に言ってあげると、
少しずつ踏み出せると思う。

最初に予定を入れなかったのがよかったって書いたのは、
自分の心に向き合う時間を持てたから。
予定をいっぱい入れて、それで精いっぱいの毎日だと、
心を見てあげることってなかなかできない。

私の場合、8月は人と多くかかわって、きっと人と関わるって楽しいな、
って思えたんだよね。
それで心に、関係性を変えていきたいって、かすかな隙間というか
空間ができて、それで、怒りを持つようなできごとが起こり、
そこから深いところにある「さみしさ」に気づけた。

その深いところに気付くのに、土に触れることも必要だった。
大地ってやっぱり浄化のエネルギーを持っていると思うんだけれど、
自然と手放す準備ができているものを、解放してくれるんじゃないかって思う。

もう、何が起こってもいい、何が起こってもその流れを信頼していけるような
気がする。